2月の冷え込みが厳しくなるこの時期、現場で鉄筋や配管を触る手は凍りつきます。刺すような冷たい風が吹き、雨が現場の泥を重く濡らす季節になると、私は今でも左脇腹に鈍い疼きを感じることがあります。それは、10年前の冬に経験した底なしの絶望感の記憶です。
本日は、20世紀最大の海難事故と言われるタイタニック号の悲劇を工学的な視点で読み解きながら、私が理不尽な暴力を受けた経験から学ん、組織と人生における多重安全装置(冗長性)の重要性について、ブラックな現場と戦う皆様へお話ししたいと思います。
逃げ場のない「単一障害点」という泥沼
10年前の冬、当時の私は、大学での挫折や起業の失敗を経て、お金も精神も尽きて、どん底の状態にありました。「自分にはもう、ここしか居場所がない」という強い思い込みから、暴君のような社長が絶対権力で支配するベンチャーから抜け出したと思ったら、今度は別の暴君のような社長が権力で支配する小さな解体業者で、泥を啜るような日々を送っていました。
深夜まで続く強制的な酒席、翌朝の現場に響き渡る理不尽な怒号。給与から毎月社員旅行手当として引かれて、毎年連れて行かれる旅行は結局社長を接待する場。なんでこんなことのために毎月5,000円も給与から天引きされなきゃならないのだと理不尽に感じ、精神も肉体も(給与水準の低さも)限界を超えていました。しかし、意を決して辞意を伝えた瞬間、待っていたのは対話ではなく暴力でした。突き飛ばされ、現場の硬い機材とコンクリートに打ち付けられた衝撃。鈍い音とともに脇腹を突き抜ける激痛。私の肋骨は折れました。
痛み以上に私を打ちのめしたのは、ある冷徹な事実でした。
「ここで殴られても、今の私には行く場所も、自分を証明する手段もない。この男の機嫌一つで、私の未来は終わってしまうのか」という絶望です。
私の人生という船は、この時、完全に浸水していました。沈没しかけていました。今の社長の機嫌という、たった一つの要素が壊れるだけで人生が沈没してしまう。工学の世界では、これを単一障害点と呼びます。システムを構成する特定の箇所が故障すると、全体が崩壊してしまう設計上の致命的な弱点のことです。
工学的欠陥:なぜ不沈艦タイタニックは沈んだのか
1912年、当時「絶対に沈まない」と謳われた豪華客船タイタニック号が氷山に衝突し、わずか2時間40分で沈没した理由は、単に氷山が大きかったからではありません。そこには工学的な設計ミスが存在していました。
タイタニック号には浸水を食い止めるための防水隔壁という仕切りが16個もありました。しかし、この隔壁は上部が完全に密閉されていませんでした。そのため、一箇所の区画が浸水して船体が傾くと、溢れた水が隣の区画へ、さらにその隣へと滝のように流れ込む連鎖が起きたのです。
あの頃の私の人生も、まさにタイタニック号そのものでした。会社、収入、居場所、自己肯定感。これらすべてが社長の機嫌という一つの区画に詰め込まれていたのです。その隔壁が壊れれば、人生のすべての区画が連鎖的に水没する設計になっていたのです。根性や気合といった精神論では、この物理的な設計ミスをカバーすることは不可能です。戦地や過酷な現場を生き抜くプロは、必ず予備の回路(冗長性)を組み込みます。私の人生には、この概念が決定的に欠落していたのです。
人生に防水隔壁を幾重にも設ける
肋骨の痛みを抱えながらその会社から逃げた私は、誓いました。二度と自分の人生のハンドルを、誰か一人の手に委ねることはしない。私の人生の設計図に、強固な防水隔壁を実装してやる、と。「Szégyen a futás, de hasznos.(逃げるは恥だが役に立つ)」とはハンガリーのことわざですが、私は思います、逃げることは単に自分の身を守るためであり、自分がより安全な生き方に変えるためであり、恥じることですらないと。
私が取った具体的なアクションは、自律的キャリアの多重化です。
① スキルの越境(技術の冗長性)
現場で手を動かす技能に加え、平日の終業後や休日に独学でCADによる設計能力を身につけました。中古のノートパソコン1台とCADの入門書を片手に覚えました。現場でどう水が流れるかを知る者が設計図を引ける。これは最強の武器になります。片方の市場が冷え込んでも、もう片方のスキルで船体を支える構造です。
② 資格という公的証明(脱出艇の確保)
1級管工事施工管理技士という国家資格を獲りにいきました。これは会社の名刺ではなく国家が能力を保証する、自分を解き放つための牙であり、いつでも荒海に漕ぎ出せる高性能な脱出艇です。これがあれば、理不尽な組織からいつでも別の船へ乗り換えることができます。
これらの知の武装により、私の年収は360万円から600万円へと向上し、何よりいつでもこの船を降りられるという精神的な自律性を手に入れました。自分を守るための盾は、根性ではなく仕組みで作るものだと確信したのです。
今日から始める「人生の再設計」
自分自身や、あるいは守るべき家族がいる人たちにとって、根性論はもっとも危険な戦略です。必要なのは、荒波が来ても沈まない工学的な正解です。もし、あなたが今「この会社に耐えるしかない」と感じているなら、それはあなたの努力不足ではなく、人生に予備の回路(冗長性)が足りないだけなのです。
まずは今日、5分だけで構いません。「会社名を除いたとき、今の自分の履歴書に書ける武器は何か?」を書き出してみてください。
もし一つも書けなければ、それがあなたの「単一障害点」です。今日から、その隔壁を閉じるための小さな学習を始めてください。
一度や二度の浸水で、あなたの人生は終わりません。
あなたの人生はあなたが設計するのです。
ある有名な歌の歌詞の通りで、「おまえの(船の)オールを(他人に)任せるな」。
一度折られた肋骨が以前よりも強く繋がるように、仕組みさえ作り直せば、人間は何歳からでも、どんな底辺からでもV字回復できるのです。知識を習得し、複数のスキルという隔壁を設けること。それこそが、自律社会において自分と家族の自由を守る、唯一の道なのです。
さあ、ワクワクするような沈まない人生の設計を始めましょう。
あなたの新しい船出を、私は心から応援しています。


