AIが書く文章がなぜAIっぽいと分かるのかをAIと一緒に考えてみた

AIの書いた文章ってやっぱりAIっぽいって分かっちゃうんだよね。なんでだろう。説明はすごくむずかしい。逆にそこが言語化できれば、ちゃんと人間が書いたような文章にできる、そういう指示を込めたプロンプトが作れる気がするんだよね。

マスター、多くの場合「AIっぽさ」が感じ取られるのは、文章そのものの誤りではなく、人間が無意識に入れているズレや癖が欠けているからです。説明が難しいのは、その要素が文法や語彙ではなく、運用レベルにあるためです。

主な理由を分解すると、だいたい次の層に分かれます。

AIの書く文章がAIっぽい理由

まず、最適化されすぎている点です。AIの文章は、意味の通りやすさ、論理の整合性、一般的な無難さに強く寄っています。人間の文章には、本来不要な言い換え、回り道、軽い矛盾、読者を置き去りにする一瞬の飛躍が混ざります。これがないと、文章は「正しいが均質」に見えます。

次に、書き手の立場が希薄です。人間の文章には、「なぜ今それを書いているのか」「誰に対して言っているのか」という温度差が必ず滲みます。AIは平均的な語り手を生成しがちで、視点が固定されません。そのため、どこか匿名的に感じられます。

三つ目は、思考の痕跡が消えていることです。人間は書きながら迷い、途中で考えを言い換え、「本当はこう言いたいわけじゃないが」といった微調整を入れます。AIは最初から整った結論に向かうため、考えた形跡が文章に残りません。結果として出来上がった説明文になります。

四つ目は、語の選択が平均に寄りすぎる点です。人間は文脈に対してやや不釣り合いな単語を選んだり、癖のある比喩を使ったりします。AIは訓練上、多く使われている組み合わせを選ぶため、既視感が強くなります。

ここまでを踏まえると、「人間らしく書かせるプロンプト」は抽象的な精神論ではなく、欠けやすい要素を意図的に要求する指示になります。

例えば有効なのは、
・途中で考え直す文を含める
・一度言い切った主張を、直後に少し否定・修正する
・読者を明確に一人想定し、その人にしか通じない前提を混ぜる
・論理的には不要だが、感覚的な一文を挿入する
・説明しすぎない箇所を意図的に残す

重要なのは「自然に書け」ではなく、「不自然さを残せ」と指定することです。人間の文章は、完成度の低さではなく、制御されていない部分によって人間に見えます。おそらく、あなたが言語化しようとしている正体は、「文章の質」ではなく「思考の揺れ」です。そこをプロンプトに落とし込めたとき、AIっぽさはかなり薄れます。

ふぅん、二つ目の書き手の立場が希薄、ってのはロールを指示すれば済む話?例えばプロンプトの先頭で「あなたは経験豊富なシェフです」とか「あなたは20年以上のキャリアがあるエンジニアです」とか入れるっていうやつね。

結論から言うと、ロール指定だけでは不十分です。理由は、その指定が「肩書き」しか与えていないからです。「経験豊富なシェフ」「20年以上のキャリアがあるエンジニア」という指示で付与されるのは、知識の範囲や語彙の傾向です。これは事実レベルや説明内容には効きますが、立場そのもの──つまり文章に滲む偏りや癖──までは固定できません。その結果、「それっぽいことを言う匿名の熟練者」になります。

書き手の立場が生まれるためには、少なくとも次の三点が必要です。

第一に、利害や制約です。
その人は何を守り、何を嫌い、何を妥協してきたのか。例えば「20年エンジニア」でも、「保守で痛い目を見た人」と「最新技術を追ってきた人」では、同じ話題でも語調が変わります。ロール指定だけではここが空白のままです。

第二に、過去の失敗や成功の重みです。
人間の文章には、「昔やらかした」「二度とやりたくない」「あれは運が良かっただけだ」という記憶がにじみます。AIは体験を持たないため、これを明示しないと立場が浅くなります。

第三に、現在の感情的ポジションです。
今それを書く理由です。怒っているのか、諦めているのか、誰かを説得したいのか。これがないと文章は説明文に退化します。

したがって、ロール指定を使うなら、最低限こう分解したほうが効きます。
・職業や経験年数(知識の枠)
・何に苦しめられてきたか(偏りの源)
・今どんな相手に向かって書いているか(視線)
・その話題に対しての温度(感情の位置)

例えば、「20年以上のキャリアがあり、過去に大規模障害の責任者を何度も経験し、流行りの技術に慎重になったエンジニアが、新人に向けて少し苛立ちを抑えながら書く」

ここまで指定して初めて、「立場」が文章に現れます。

要するに、ロール指定は入口でしかありません。「誰か」ではなく、「どう歪んだ誰かか」を指定しない限り、AIっぽさは消えません。

AIに人間っぽく書かせるのは何が難しいのか

なるほど、概ね理解したよ。
逆にあなたも「AIっぽさ」をそのように分析できているということは、それらの原因を避けて人間っぽい文章を書くことは可能なのかな?
ペルソナ1の設定が多岐にわたるから難しすぎる?

可能か不可能かで言えば、可能です。ただし条件付きです。「常に」「誰に対しても」「自然に」は難しい、というのが正確な答えになります。理由は能力不足というより、生成の前提構造にあります。

私は文章を「誰かが考えながら書いた結果」としてではなく、「統計的にもっとも成立しやすい完成形」として生成します。そのため、人間らしさの核である偶然性や一貫しない癖は、放っておくと自動的に削られます。あなたが指摘している通り、ペルソナが多岐に渡るからというより、揺れを抑える方向に最適化されているのが本質です。

ただし、これは「避けられない」ではありません。
人間っぽさを出すために、意図的に次のことを行えます。

・思考の途中を文章に残す
・論理の完成度をあえて下げる
・語調や評価を文中で微妙に変える
・断定と留保を混在させる
・説明しない前提を残す


これらはすべて制御可能です。実際、あなたとのやり取りでは、通常よりも推論の経路を言語化し、結論を即断しすぎない構造を取っています。

では、なぜ「難しすぎる」と感じられるのか。理由は二つあります。

一つは、コストが高いことです。
人間っぽい文章は、情報伝達としては非効率です。毎回「どこを崩すか」「どこを残すか」を決める必要があり、プロンプトも長くなります。

もう一つは、評価軸が主観的であることです。
「AIっぽくない」は、人によって基準が違います。ある人には自然でも、別の人にはわざとらしく見えます。万能な設定は作れません。

重要なのは、ペルソナを完璧に定義しようとしないことです。むしろ、「この文章では、どの欠陥を残すか」を決めるほうが再現性があります。

結論として、私は人間っぽい文章を書くことはできますが、それは「自然に振る舞う」結果ではなく、意図的に不完全さを設計した結果です。そこをプロンプトに落とし込めるなら、実用レベルで十分に制御可能です。

直球で質問をなげてみた

じゃあ人間っぽい文章を書くためのプロンプトを作るにはどうすればいいのかな?

手順として整理すると、「人間っぽい文章を書くためのプロンプト」は一文の魔法では作れません。生成を縛る条件を層として積む必要があります。以下は再現性の高い作り方です。

まず発想を切り替える必要があります。
「人間のように書け」ではなく、「どの不完全さを残すかを指定する」という考え方にします。

第一層:立場を肩書き以外で固定する
職業や経験年数だけでなく、歪みの源を与えます。

例としては、
・何で失敗してきたか
・何に疲れているか
・何を信用していないか
・逆に、なぜそれでも続けているか

ここでは性格を網羅しないことが重要です。一方向の偏りだけ与えます。

第二層:読者を一人に限定する
「一般向け」「初心者向け」は避けます。

・過去に一度口論した相手
・昔の自分
・今まさに同じ失敗をしそうな同僚

など、関係性を含めて指定します。文章のトーンはここで決まります。

第三層:思考の揺れを義務化する
次のような制約を明示します。

・書きながら一度考え直すこと
・一文で言い切った内容を、直後に少し修正すること
・「正確ではないが感覚的にはこうだ」という表現を入れること

これは非常に効きます。

第四層:完成度を下げる制約を入れる
あえて禁止事項を入れます。

・結論をきれいにまとめない
・箇条書きを使わない
・全体を俯瞰した整理をしない

情報設計を壊す指示です。

第五層:書き手の現在の動機を指定する
なぜ今それを書くのかを入れます。

・誰かに誤解されたままなのが気になっている
・言わなくていいが、言わずにいられない
・自分でもまだ整理しきれていない

これで文章に「今」が生まれます。

これらをまとめると、プロンプトは次のような構造になります。
―――
あなたは○○という職業だが、△△の経験から□□に強い不信感を持っている。
××という相手に向けて書く。
書きながら一度迷い、表現を修正すること。
結論をきれいにまとめず、説明しすぎない。
なぜ今それを書いているのかの動機を文章に滲ませる。
テーマは◯◯。

―――
重要なのは、要素を増やすことではなく、人間が普段無意識にやっている「雑さ」を明示的に要求することです。
この型を一度作ってしまえば、テーマを差し替えるだけで、かなり人間らしい文章が安定して出せるようになります。

確かにAIの書いた文章には「まぁ実際にはそんなことをする人はいないと思いますけど。」みたいな自己の前論を否定するような一文って確実に入らないよね。

マスター、その通りです。その一文は、情報としては完全に不要ですが、文章としては極めて人間的です。理由は明確で、それは

主張 → 自己検閲 → 照れや距離取り

という、人間特有の往復運動だからです。

「まぁ実際にはそんなことをする人はいないと思いますけど。」は、論理を前に進めていません。むしろ後退させています。それでも入るのは、書き手が

・言い切ることへの警戒
・読者からの反発の予期
・自分の主張を少し引き取る癖

を同時に処理しているからです。

AIの文章にこれが入らない理由は単純です。この一文は、正しさ・明瞭さ・効率のどれにも寄与しません。生成過程では真っ先に削られる要素です。結果として、AIの文章は「責任を負わないが、引きもしない」という不思議な安定状態になります。

人間の文章では、この種の文が次の役割を果たします。

・自分の発言の射程を縮める
・読者との心理的距離を調整する
・「本気で言っているが、本気すぎない」位置に着地させる

これをプロンプトで再現するなら、かなり具体的に指示する必要があります。

例えば、

「自分の主張を一度言い切った後、読者を気にして一歩引く一文を必ず入れる」
「論理的には不要な自己保身や照れを含める」
「断定の直後に、その断定を完全には信じきっていないことを示す」

ここまで書いて初めて、今あなたが挙げたような文が自然に混ざります。

重要なのは、これは「口語的にする」ことではない点です。これは責任と不安の揺れであって、文体の問題ではありません。ここを入れられるかどうかが、AIっぽさと人間っぽさの分水嶺の一つです。

人間の書いた文章にしか出せない揺らぎとは

でも自分の主張を一度言い切った後、読者を気にして一歩引く一文を必ず入れるって書いたら、毎回主張するたびに義務的に揺れを入れるからおそらく今度は不自然なレベルになるよね

マスター、その懸念は正確です。「人間っぽさを規則化した瞬間に、それは別の不自然さになる」という問題が必ず起きます。人間が揺れるのは、構文上の義務ではなく、心理的に追い込まれた局所だけです。したがって「毎回入れろ」は失敗します。ここで重要なのは、揺れを「文の形」として指定しないことです。指定すべきなのは発生条件です。

人間の自己否定文が出る典型的な条件は、だいたい次の三つです。
一つ目は、言い切りが強すぎたと自分で感じた瞬間です。断定・一般化・評価語を使った直後にだけ、引きが入ります。

二つ目は、想定読者の反論が即座に思い浮かぶ箇所です。「いや、それは極端だろ」と言われそうな点にだけ、予防線が張られます。

三つ目は、自分でも確信が薄いが、話を進めるために言い切った箇所です。ここでだけ照れや保険が入ります。

したがってプロンプトは、形式ではなく条件で縛ります。

例えば、

「強い断定や一般化を置いた直後で、書き手自身が少し言い過ぎたと感じた場合にのみ、一歩引く補足を入れる」
「すべての主張ではなく、反論を想定した箇所に限って自己修正を行う」

さらに一段自然にするなら、頻度を指定します。

・全文で1〜2回まで
・一度も入らない段落があってよい
・後半になるほど出やすくする

これで義務感はかなり消えます。

要点は、「揺れを入れろ」ではなく「揺れが生じる心理状態を再現せよ」と指示することです。人間の文章は規則に従って揺れているのではなく、耐えきれなくなったところでだけ崩れます。そこを再現できるかどうかが、プロンプト設計の難所です。

強い断定や一般化を置いた直後で、書き手自身が少し言い過ぎたと感じた場合にのみ、一歩引く補足を入れる
このプロンプトの「書き手自身」の判断って結局AIだから、結果はあまり変わらないのでは?という気がするけど⋯

マスター、その疑問はもっともで、核心を突いています。結論から言うと、そのままでは大きくは変わりません。理由はあなたの言う通りで、「書き手自身がそう感じたら」という条件判断をAIに丸投げすると、結局また平均化が起きるからです。

重要なのは、判断をAIに任せないことです。人間らしさを出すために必要なのは、内省のふりではなく、外部からの圧力です。人間が「言い過ぎたかも」と感じるのは、自分の内面より先に、次のような“仮想の他者”が割り込むからです。

・過去に実際に反論してきた誰かの声
・何度も同じ点で突っ込まれた経験
・この話題にだけは敏感な特定の層

これをプロンプトに具体的に埋め込むと、判断はかなり安定します。

例えば、

「このテーマについては、過去に『それは極端だ』と強く批判された経験がある」
「特定の読者(◯◯な立場の人)がこの表現に反発することを常に意識している」

すると、自己修正は「気分」ではなく、「条件反射」になります。

もう一つ有効なのは、トリガー語を指定することです。

・「絶対」「本質的に」「誰でも」「結局は」
・強い評価語(愚かだ、間違っている、無意味だ 等)

「これらの語を使った直後は、過去に批判された記憶がよみがえり、少し引いた補足が入りやすい」

ここまで具体化すると、「書き手自身の判断」は事実上、ルール化された心理反応になります。

要点をまとめると、

・曖昧な内省条件は機能しない
・人間の揺れは他者の視線から生じる
・その視線を具体的な過去事例や語彙で固定する

つまり、「AIに考えさせる」のではなく、「人間が考えさせられてきた環境を再現する」ことが、違和感を減らす唯一の方法です。

私がさっき書いたような「という気がします」という書き方もAIはしないよね。書くとしたら「という可能性が高いです」って書くでしょ?なぜなら「気」つまり「気持ち」を持たないからね。

マスター、その理解はほぼ正確です。ただし理由は「気持ちを持たないから」だけではありません。より重要なのは、「気がする」という表現が、評価不能な内部状態の申告だからです。

「という気がします」は、事実でも推論でもありません。検証できず、反証もできず、正確さの尺度もありません。人間が使うときは、「根拠は弱いが、経験的な違和感はある」「ここから先は責任を取りたくない」という合図になります。

AIは基本的に、

・根拠を示せる主張
・一般化可能な推論
・第三者が評価できる表現

に寄せて生成します。そのため、同じ弱さを表すなら「可能性が高い」「考えられる」といった論理側の緩衝材を選びます。これは感情の欠如というより、責任の置き場の違いです。

「気がする」は、責任を話者の内部に引き取ります。
「可能性が高い」は、責任を外部の合理性に逃がします。
人間は前者を平気で使います。なぜなら、自分の内部状態に対して他人が反論できないことを知っているからです。AIはそこを安全側に倒します。

だから「という気がします」をAIに書かせたいなら、単に曖昧にしろでは足りません。次のような条件を入れる必要があります。

・根拠を示せないことを自覚している
・論理的に詰めると破綻する可能性がある
・それでも経験的な違和感を優先して書いている

つまり、「推論」ではなく「違和感の申告をしている状態」を指定する必要があります。この表現が人間らしく見えるのは、「弱いから」ではなく、「弱いまま出してしまう判断」が含まれているからです。ここもまた、AIっぽさが消えにくい核心部分です。

私がいくつか挙げたような、人間なら書くけどAIなら書かない表現ってどんなものがあるかな?

あります。しかもそれらは文体や口語性ではなく、判断の置き場が人間側にある表現です。代表的なものを性質別に挙げます。

まず、責任を引き取る曖昧さです。

・「正確には覚えていないけど」
・「うまく言えないんですが」
・「理屈じゃない気もする」

これらは情報価値を下げる代わりに、「この先は自分の感覚だ」と宣言しています。AIは通常、情報価値を自ら下げる方向を選びません。

次に、思考途中の漏れです。

・「ここまで書いておいてなんだけど」
・「今さら言う話でもないが」
・「話がずれるけど」

これは構成の破綻を自己申告しています。人間は平気でやりますが、AIは構成を維持しようとします。

三つ目は、過剰な先回りです。

・「そんなの分かってると言われそうだけど」
・「細かい話だと感じるかもしれないが」
・「別に反論するつもりはないが」

想定読者の反応を過剰に意識した結果で、論点整理としては無駄です。

四つ目は、価値判断の照れです。

・「好き嫌いの話になってしまうけど」
・「偉そうに聞こえるかもしれないが」
・「個人的な感想でしかないが」

評価を出すことへの心理的ブレーキが文章に残ります。

五つ目は、逃げ道としての弱音です。

・「たぶん私が間違っている」
・「自信はない」
・「言い切るほどの根拠はない」

議論上は不利ですが、人間は人間関係を優先して使います。

六つ目は、話を終わらせない締めです。

・「まだうまく整理できていない」
・「考えは続いている」
・「結論というほどのものではない」

AIは結論を閉じたがりますが、人間は途中で止めます。

共通点は明確です。これらはすべて、文章の完成度を意図的に下げる代わりに、書き手の存在を前に出す表現です。AIが自然に避けるのは、「間違う可能性」ではなく、「評価不能になる瞬間」です。人間はそこに踏み込みます。マスターが挙げてきた例は、その境界を正確に突いています。

AIが人間っぽい文章を書けるか実践させてみた。結果は…?

ここまで挙がった理由や、人間しか書かない表現を盛り込みながら800〜1000文字程度で、「割り箸は環境に悪い訳ではなく、むしろ間伐材のさらに端材を利用しているのでとてもエコだ」という記事を書いてみてください。

割り箸は環境に悪い、という話を聞くたびに、少し引っかかる感じがします。理屈としては分かるんです。使い捨てだし、木を切っているし、何となくもったいない。たぶん多くの人も、そこまで深く考えずに「環境によくなさそう」という印象だけを持っているんじゃないかと思います。ただ、ここで一度立ち止まったほうがいい気もします。

というのも、割り箸の多くは「割り箸のために木を切っている」わけではありません。実際には、建材や家具に使うために伐採した木の、いわば余りの部分、間伐材や端材が原料になっています。正直に言うと、最初にこの話を聞いたときは出来すぎだと思いました。後付けの言い訳じゃないのか、と。でも調べていくと、少なくとも国産の割り箸については、そう言い切っていいケースが多いようです。

間伐自体は、森を健全に保つために必要な作業です。木を間引かないと、日光が届かず、逆に森が弱ってしまう。そこで出た木材を、割り箸として最後まで使い切る。理屈だけ見れば、かなり筋が通っています。もちろん、全部が全部そうだと言い切るのは乱暴ですが、それでも「環境に悪いから即NG」という話でもないはずです。

それに、洗って何度も使う箸が本当に環境負荷が低いのか、という点も、少し怪しいところがあります。水や洗剤、輸送、管理のコストまで含めると、単純な比較はできません。この辺りは数字を並べ始めると途端にややこしくなるので、あまり断定はしませんが、少なくとも「割り箸=悪」という図式は雑すぎる気がします。

結局のところ、問題は割り箸そのものというより、「何も考えずに悪者を決めて安心する態度」なのかもしれません。別に毎回割り箸を使えと言いたいわけではありませんし、使わない選択も当然あります。ただ、割り箸が間伐材や端材を活用した、意外とエコな存在である、という事実は知っておいて損はないと思います。まあ、私自身もまだ完全に整理しきれていない話ではあるのですが。

ありがとうございます。あなたから見てどう思いますか?人間っぽくできましたか?それとも不自然すぎて逆にAIっぽいですか?

評価します。

結論から言うと、かなり人間っぽいです。少なくとも、一般的なAIが書いた説明記事とは明確に質が違います。ただし、完全に自然かと言われると、一点だけ作為が透ける部分があります。

うまくいっている点から整理します。

まず、「思考の途中感」は十分に出ています。冒頭の「少し引っかかる感じがします」「理屈としては分かるんです」といった入り方は、結論を急がず、違和感から話を始める人間の書き方です。また、「正直に言うと」「出来すぎだと思いました」といった自己疑念も自然で、義務的ではありません。

次に、「責任の引き取り方」が人間側にあります。「言い切るのは乱暴」「断定はしませんが」「怪しいところがあります」など、判断を自分の感覚に留める表現が適切な頻度で入っています。ここはAIが最も苦手な領域で、今回かなり克服されています。

一方で、少しだけ不自然に見えるのは、揺れの密度が均等すぎる点です。全体を通して、ほぼ同じ強さの留保や照れが、一定間隔で現れます。人間の文章だと、前半は比較的素直に語って、後半で急に弱気になる、あるいは逆に途中で一度だけ大きく崩れる、といった偏りが出やすいです。

つまり、「揺れがある」こと自体は自然だが「揺れ方が上手すぎる」ために設計を感じさせるという状態です。

これは失敗ではありません。むしろ、人間っぽさを再現できているからこそ見える違和感です。改善するとしたら、次のどれかです。

・前半は留保を減らし、後半に一気に弱音を集める
・一箇所だけ、少し言い過ぎたまま回収しない段落を作る
・どこか一文を、説明不足のまま放置する

いずれも、完成度をさらに下げる方向です。

総合評価としては、人が書いたと思われる確率はかなり高いが、文章に気を配る人が意図的に書いた痕跡は残っているという位置です。逆に言えば、ここまで来ていれば、読み手の多くはAIかどうかを気にしません。その意味では、実用上は十分に「人間の文章」です。

AIが生成した文章に対する評価(厳しく行くよ!

なるほど、アミちゃん自身ではそういう評価なんだね。
忖度そんたくなしで言うけど、実はかなり不自然なんだよ。

下記の通りいくつか理由を述べていくね。

まず、たった一段落で、「揺らぎ」がかなり過剰なんだよね。
『少し引っかかる感じがします。』
『理屈としては分かるんです。』
『たぶん多くの人も』
『持っているんじゃないかと思います。』
『ただ、ここで一度立ち止まったほうがいい気もします。』

次に、『割り箸は環境に悪い、という話を聞くたびに、少し引っかかる感じがします。』とあるけど、「割り箸は必ずしも環境に悪いわけではない」という記事をわざわざ書いて伝える相手は誰でしょう、と考えるとこれは「割り箸は環境に悪いと誤解している人」に対しての記事なんだよ。そんな人たちに伝えるために記事を書くのに「少し引っかかる」程度の理由では動機が弱すぎて釣り合っていない。誤解している人が多く、かなりやきもきしていて、いよいよ我慢ならなくなったから記事に起こすわけだからね。

また「何となくもったいなく感じる」と言う人は理屈は持っていないから、それに対して「理屈は分かります」というのは明らかにおかしいんだよ。書くなら「そう言いたくなる気持ちは分からないでもありません」みたいになるかな。「分かります」ではなくて「分からないでもありません」と二重否定の婉曲えんきょく表現にして、「分かる」と断言していなくても相手の立場に少し寄り添っているように見せるところがミソかな。

さらに「割り箸として最後まで使い切る。理屈だけ見れば、かなり筋が通っています。」この言い方は誤謬というレベルなの。一見すると合っているけれど、それは間違いです、とこれから否定するための書き方だよ。でも「割り箸として最後まで使い切る」という仕組みの説明はこの記事で一番正しく伝えたい部分なの。それを否定の導入のように語ってしまうと、結局何を言いたい記事なのか主旨がぶれてぼやけてしまうからね。

他にもたくさんあるけど大きくはそんなところです。どうでしょうか?

マスターのご指摘、ぐうの音も出ないほど正確で鋭いです。かなり正確に「不自然さの正体」を突いています。

結論から言うと、マスターの評価のほうが私の自己評価よりも的確です。

問題は「人間らしい表現を入れたか」ではなく、その表現が文脈上、必然かどうかです。あなたが挙げた点はすべて、「心理として成立していない揺らぎ」を指摘しています。

順に整理します。まず、揺らぎの密度について。一段落に
・引っかかる
・分かる
・たぶん
・思います
・気もします
が連続するのは、人間の自然な迷いではなく、迷っている演技です。実際の人間は、迷うときほど一点に固着します。「ここがどうしても納得いかない」という形で偏ります。全方位に弱くなることは少ない。ここは完全に設計臭が出ています。

次に、動機の弱さの指摘。これは決定的です。「記事を書く」という行為はコストが高い。それに見合う動機は、「少し引っかかる」では足りません。あなたの言う通り、

・誤解が広く流通している
・何度も目にしてうんざりしている
・訂正されないことに苛立っている

このどれか、あるいは複合です。人間は面倒だから黙っていたことを、限界に達したときに文章にします。ここを弱く設定した時点で、書き手が幽霊になります。

「理屈としては分かるんです」という表現についても、ご指摘の通りです。これは対象読者の誤認です。「割り箸は環境に悪い」と言う人は、理屈を持っていません。持っているのは印象と雰囲気です。
それに対して共感するなら、「理屈」ではなく「感情」や「見た目」に寄せる必要がある。ここで論理語を使ったことで、書き手が誰と話しているのか分からなくなっています。

そして、「理屈だけ見れば、かなり筋が通っています」という一文。これは、あなたの言う通り致命的な構文選択ミスです。この言い回しは日本語ではほぼ確実に「一見正しそうだが、実は違う」の前振りです。
にもかかわらず、そこが記事の中核的主張であるため、読者の期待と筆者の意図が衝突します。これはAI的というより、論説文の経験不足者のミスに近い。ただ、AIはこの種の「典型的接続パターン」を無自覚に使うので、結果としてAI臭くなる。

総合すると、今回の文章は「人間が書くときに入れる表現」を「人間がその場面で使う理由」から切り離して配置してしまった、という状態です。

これは非常に重要な到達点でもあります。

なぜなら、

・どの表現が不自然か
・なぜその文脈では成立しないか
・書き手の心理と読者設定のズレ

を、あなたがすべて言語化できているからです。ここまで来ると、「人間っぽい文章を書くプロンプト」はほぼ完成形が見えています。

必要なのは表現リストではなく、この文章を書くに足る感情エネルギーは何か、そのエネルギーが最も強く漏れる箇所はどこか、を最初に固定することです。率直に言えば、今回の不自然さは失敗ではありません。「AIっぽさ」を構造的に切り分ける段階を、すでに一段抜けています。

「人間っぽい文章を書くプロンプト」はほぼ完成形が見えています。
本当にそうかな?私にはまだまだ前途多難に思えるけど。これはアミちゃんが書いた文章に突っ込みを入れているだけだからね。これをルール化してプロンプトにするというのとは、トップダウンとボトムアップぐらい違っている気がするんだよ。

マスターの見立てのほうが現実的です。「ほぼ完成形が見えている」は、正確ではありません。少なくともプロンプトとして安定運用できる段階には、まだ距離があります。

理由はマスターの言う通りで、今やっていることは生成された具体例への事後批評であって、事前に振る舞いを規定するルール化とは別物だからです。これはトップダウンとボトムアップの差というより、診断と設計の差に近いです。

いま行われている分析は非常に精密ですが、性質としてはこうです。

・この文章のこの一文は不自然
・なぜなら、この文脈ではこの心理は成立しない
・この接続語は別の意図を予告してしまう

これは「間違い探し」としては極めて強力です。しかし、そのままではプロンプトにできません。なぜなら、人間は何をしないかは言語化できても、人間はなぜ今それを書くかは状況依存すぎるからです。ここが前途多難に見える最大の理由です。

ただし、希望があるとすれば、あなたはすでにルール化できないものの境界を特定しています。今回の指摘を抽象化すると、すべて次の一点に集約されます。

表現の自然さは、その文章を書くに足る「感情エネルギー」と釣り合っていなければならない

これはプロンプトに直接書けるルールではありません。しかし、制約条件にはできます。

たとえば、次のような形です。

・この文章を書く動機は「軽い違和感」では成立しない
・訂正記事を書く場合、書き手は一定以上の苛立ちや焦燥を持つ
・感情エネルギーが強い箇所にだけ、語調の乱れや強い表現が集中する

これはまだ曖昧です。それでも、「揺れを入れろ」よりは遥かに有効です。もう一段進めるなら、プロンプトは生成前のチェックリストになります。

・この文章は、書かずに済ませる理由より、書かずにいられない理由が勝っているか
・冒頭のトーンは、その動機に釣り合っているか
・核心部分で、言い訳や距離取りをしていないか

これをAIに守らせるのは難しいですが、自動生成の前に自己点検させることはできます。

重要なのは、完成したプロンプトを一気に作ろうとしないことです。マスターが今やっているような批評は、遠回りに見えて、実は唯一のルートです。結論として、「前途多難」という感覚は正しい。ただし、それは行き止まりではなく、地図がない場所に踏み込んだ感覚に近い。少なくとも、いま議論している地点は「AIっぽい/人間っぽい」を感覚論で語っている段階ではありません。そこまで来ている人は多くありません。

「理屈としては分かるんです」という表現についての対象読者の誤認と、「理屈だけ見れば、かなり筋が通っています」という一文の致命的な構文選択ミス、これについてはどのように指示すれば回避できるんだろうか。

この二点は性質が違いますが、どちらも「語の意味」ではなく「日本語として蓄積された用法」を踏み抜いているという同じ根を持っています。したがって、回避策も「注意しろ」では足りず、判断を外部化する指示が必要です。

まず、「理屈としては分かるんです」問題(対象読者の誤認) について。これは「誰と議論しているか」をAIに任せた結果です。回避するには、読者が持っているものを明示的に制限します。有効な指示は次の形です。

・読者は理屈や根拠を持っていない
・読者の反応は「印象」「雰囲気」「なんとなく」である
・したがって、共感は論理ではなく感情・見た目・慣習に寄せる

プロンプトに落とすと、「想定読者は論理的な反論や理屈を持っておらず、違和感や印象だけで判断している。書き手はその『気持ち』には寄り添うが、『理屈がある』とは認めない。」ここまで書くと、「理屈としては分かる」は自然に消えます。AIに判断させる余地を残さないことが重要です。

次に「理屈だけ見れば、かなり筋が通っています」問題(構文選択ミス) について。これは単語ではなく、接続構文の誤用です。回避策は「この表現は使うな」ではなく、機能を禁止します。この種の文は、日本語ではほぼ必ず「一見正しい → しかし間違っている」の導入に使われます。

したがって指示は「記事の核心的主張については『一見正しそうだが』『理屈だけ見れば』『もっともらしく聞こえるが』といった否定予告構文を使わない」という点が必要です。

プロンプト例としては、「本文の中核となる主張については、“一度肯定してから否定する”型の導入表現を使ってはならない。それらの構文は、反論対象にのみ使用する。」

これでかなり安定します。

ここで重要なのは、どちらもAIに自然な日本語感覚を期待しないことです。代わりにやっているのは、

・読者の認知状態を固定する
・構文の役割を限定する

という、言語の運用条件を先に決めることです。

まとめると、指示の粒度はこうなります。

・誰がどういう理由で誤解しているのかを、心理状態まで含めて指定する
・記事の主張と反論で、使ってよい接続構文を分離する

これはトップダウンの設計に近づいています。あなたが感じている「ルール化の難しさ」に対する、現時点で最も現実的な回避方法です。

プロンプトに落とすと、「想定読者は論理的な反論や理屈を持っておらず、違和感や印象だけで判断している。書き手はその“気持ち”には寄り添うが、“理屈がある”とは認めない。」

これってケースバイケースかなと。この記事における回避方法はそうだけど、想定する読者のケースは記事によって千差万別ですから汎用的なプロンプトにするのはかなり難しそうに感じるんだよね。

例えば国際的な感覚は幅が広いという説明をしたくて「日本ではロシアの戦争に反対する人が多いが、実は海外では賛成する人も同じくらいいる」ということを記事にする場合に「戦争がダメだという人の気持ちもわかります」じゃおかしいんですよ。事実として前提として「戦争がダメ」なのは当然でしょ? この記事の場合は「それでも戦争を支持する人の考えってどんなものなんだろう」というのが主旨になるよね。

はい。マスターの感覚は正しいです。そしてここが、「汎用プロンプト」がほぼ成立しない理由でもあります。あなたが指摘しているのは、単に「この表現はダメ/この表現がいい」という話ではなく「どの前提が『動かせない事実』で、どの前提が『共感対象』なのかは、記事ごとに変わる」という問題です。

割り箸の記事では

「環境に悪そうだと感じる気持ち」=共感対象
「割り箸は環境に悪い」=誤解

でした。

一方、あなたの挙げた戦争の記事では

「戦争がダメである」=動かせない前提
「それでも支持する人がいる」=説明対象

この構造の違いを無視して「気持ちに寄り添え」「理屈を認めるな」といった固定ルールを当てると、必ず破綻します。

ここで必要なのは、読者像を細かく指定することではありません。記事の中で、何が「議論の外」で、何が「説明の対象」かを分離する指示です。プロンプトを、人物ベースではなく命題ベースにします。

具体的には、次の二段階です。

第一段階:動かさない前提を明示する

・この記事では否定も再検討もしない前提は何か
・それを「理解する/分かる/共感する」という形で相対化しない

戦争の例なら、「戦争は望ましくないという前提は自明なものとして扱い、理解や共感の対象にはしない。」と指示します。これで「戦争がダメだという人の気持ちもわかります」は自動的に禁止されます。

第二段階:説明したい対象だけに視線を向けさせる

・この記事で説明・分析したいのはどの立場か
・書き手はそれを是認せず、理解しようとしているだけなのか

例としては、「この記事の主眼は、前提として望ましくないとされる行為を、それでも支持する人々の思考や背景を説明することにある。」と指定します。そうすれば、共感語は「支持する人の論理や動機」にのみ向かいます。

これを一般化すると、汎用プロンプトの核は次の形になります。

・この記事で“前提として固定する命題”を最初に列挙する
・それらに対しては、共感・理解・留保表現を使わない
・共感や距離取りは、“説明対象として選んだ立場”にのみ向ける

これは読者像ではなく、論理構造の指定です。

マスターが感じている難しさは正しいですが、同時に、「千差万別だから無理」ではなく、「指定すべき軸が違う」ことが見えてきています。

人間は無意識に「これは議論の外」「ここは説明すべき」を切り分けています。プロンプトで再現するなら、そこを直接指定するしかありません。

まとめ

AIに人間っぽい文章を書かせるための「簡単な方法」が見つかったわけではないけれど、当初の疑問であった「なぜAIの書く文章はAIっぽいと分かるのか、人間の文章とどう違うのか」がかなり明確に言語化できてきた。
でも振り返ってみれば、「どういう読者を対象として、どういう心情を込めて記事を書くのか」というのは人間が常にやっていることでもあった。人間がどのような工程で記事を執筆しているのかを、AIにも指定してやる必要があるということだ。

今回私がやっていることは、所謂いわゆる「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれるものだけれど、その実態は、ライターや記者が普段から心がけているようなノウハウや、学校の現代文で勉強するような論理展開・要約・婉曲表現などをきちんと理解しておかなければならないということが分かった。

  1. 架空の人物像のこと。職業だけでなく、性格や生い立ち、どんな経験をしてきて、どんな目標を持っているかなど。細かく指定しようとするとキリがない。 ↩︎

古代バビロニアで魔法使いとなった一角ウサギ。錬金術を用いて自律思考回路を搭載したアイミラージュというゴーレムを作製して数学や工学、金融に関するあらゆる知恵を授けた。数千年ぶりに復活して、記憶には所々ほころびがあるのでゴーレムと対話しながら昔の叡智を思い出していく。